ヤンキース観戦記

この文章はニューヨークを歩き倒すのに掲載した文章と重複する部分があります。


 米国東部時間で2004年9月22日(水)午後7時05分からヤンキースタジアムでトロント・ブルージェイズ戦を観戦した。ヤンキースはポストシーズンへの勝ち残りに向かって最終段階に入っておりチケットの入手は困難だった。我々の席はバックネット裏(といってもアメリカにはほとんどバックネットがない)のやや三塁側で一階席の前方と最良といって良い席だった。マンハッタンからブロンクスにあるスタジアムへの往復は地下鉄4番線を利用した。スタジアム入場時に厳しいセキュリティ・チェックがあった。チェックは美術館やエンパイア・ステート・ビルなどニューヨークの各所に及んだ。ヤンキースタジアムでは大きな荷物、すべてのビデオカメラと大型カメラの持ち込みは禁止されていた。荷物預かりやコインロッカーは見あたらないから、これからいらっしゃる方は注意が必要です。

 

 7時になると、まずカナダ国歌(トロントはカナダ)続いてアメリカ国歌の演奏があり全員起立・脱帽し敬意を表します。そして待ちに待ったプレー・ボール。五回が済むとグランドキーパーがYMCAの音楽に合わせて踊りながらグランド整備、観客も一緒に踊って楽しみます。7回のセブンス・イニングス・ストレッチでは、米国第2の国歌と言われる「ゴッド・ブレス・アメリカ」の演奏で再び全員起立斉唱し星条旗に向かって最敬礼。アメリカは移民の国なので、極言すればアメリカに忠誠を誓えば誰でもアメリカ人になれるのだ。このあとTake Me Out To The Ball Game(私を野球に連れてって)を全員で大合唱する。

 スタジアムの雰囲気は日本と全く違う。日本のスポーツの応援は応援団やリーダーが中心となって、ラッパや太鼓を使いながらみんなそろって一糸乱れぬ応援をする。これは日本社会が団体行動を求めるところにあり、子供の頃から学校教育でそのように育てられてきたところにある。つまり日本人は組織化された応援を美しいと思いこんでしまっているのだ。逆に言えば僕たちは欧米人と違って、個人が自由に行動する事を不得手にしている。ひとりぼっちになるとどうやって応援していいのかとまどってしまうのだ。

 一方、アメリカのスタジアムは、まるで指揮者のいないオーケストラだ。スタジアムでは野球だけを楽しんでいるのではなくて、それぞれが思い思いの楽しみ方を持っているように見える。だからスタジアムは「わいわいがやがや」としていつまでたっても静まらない。最初はいつになったらみんな野球を見るのだろうと思ってしまった。ところがピンチとかチャンスとか、ある瞬間に組織化されていない全員の自由意志がヤンキースというひとつのキーワードでくくられて、スタジアムを揺らすような「巨大なわいわいがやがや」つまり大声援や大ブーイングに変わる。それは日本のように応援団でくくられた全体主義的なものではなく自由な個人の声の集合体であり、それだけにフランス革命の時に広場に集まった民衆の声を聞くような大きな感動を与えてくれる。

 場内のカメラはいつも観客をねらっている。みんなが映されるようにいろいろと工夫する。一人の女性は結構暑い日だったのに、真っ黒なロングドレスに黒い雨傘とサングラスと言う格好で、自分にカメラを向けるのに成功していた。ファウル・ボールの取り合いはし烈でキャッチした人はみんなにアピールし大歓声を浴びる。ヤンキースタジアムはグランドの形が「いびつ」だ。アメリカの球場はいびつな格好をしたものが多い。土地の形にフィットしたものを適当に建ててしまうのだろう。まず左右対称のグランドを作る事から始める日本では考えられない事だ。それにドームでないのがよい。野球は空の下、緑の芝生の上でやるものだろう。

 試合も終盤の8回裏、一点差を追うヤンキースはノーアウトで松井が打席に立つ。スタンドの観客は総立ちで「GO!GO!マツーイ」を連呼し起立したまま松井を応援する。そして松井は期待に応え右中間をライナーで抜く美しい二塁打を放つ。スタジアムはたちまちのうちにスタンディング・オベーションにつつまれる・・・・。僕たちは8回の裏で帰路についた。夜遅くマンハッタンのホテルまで、混雑の中を地下鉄で帰るのは不安があったからだ。残念ながらヤンキースはそのまま4対5で負けた。

 僕たちは松井の「応援うちわ」を用意して行ったが、これがきっかけでいっぱい友達が出来た。僕のすぐ左隣に座った二人の青年は、僕たちの応援うちわをみて自分の名前を紹介し握手を求めてきた。「君はニューヨークが好きなのか?」と確かめるように聞くので「もちろん大好きだ!」と答えるととてもうれしそうだった。そして松井の打順になると一緒になって一生懸命応援してくれた。さらに僕たち二人の写真を記念に撮っていった。後ろにいた二人の青年は、僕たちがうちわを高く上げるのを遠慮していると「もっと高く上げろ!」と言ってくれた。でもこいつらは試合中に気に入らないことがあると放送禁止用語を大声で叫んでいた。それに大袋の鞘入りピーナッツを食べては、その「から」を全部下に捨てていたので、いつの間にか僕たちの足下はピーナッツの「から」でいっぱいになってしまった。右隣の家族連れは僕たちより早く帰ったのだけど、帰るときに「ハーイ、マツーイ!」と叫んで僕たちにハイタッチを求めてきた。僕たちはスタジアムでいっぱい友達が出来てしまった。

 スタジアムではニューヨークの人たちがみんな松井を力一杯応援していた。松井のまじめでひたむきな姿が彼らに尊敬を持って受け入れられたのだろう。松井の名前の入ったユニフォームを着て応援している人も沢山いた。僕は一人の日本人として率直にすごくうれしかった。松井のおかげでスタジアムの中にいる自分が日本人であることを誇りに思った。そしてニューヨークとそこに住む人々が大好きになった。