W杯観戦記
2002年6月9日、横浜

中井一仁


 2002年6月9日夜、僕たちは横浜国際競技場で奇跡を見た。サッカー日本代表はグループリーグ第2戦でロシアと対戦し、歴史に残る初勝利をあげたのだ。

 その夜、競技場は美しいジャパンブルーで染め上げられていた。その青は、イタリアのアズーリでもフランスのトリコロールブルーでもない、深く澄みきった日本の海と空の色だった。やがてピッチには祖国の名誉と民族の誇りを背負った11人の戦士たちが入場し、そして試合開始の笛が鳴った。競技場は天を貫き地を揺する雷鳴のような歓声に包まれた・・・・

 思い返せば僕が初めて日本代表の試合を見たのは、日本リーグが設立されて間もない頃の1969年、西ドイツのクラブチーム、ボルシア・メンヘングラッドバッハとの対戦であった。以後日本のサッカーはJリーグの設立によって強化され、日本代表はドーハの悲劇、ジョホールバルの歓喜、フランスの失望を乗り越えて今回の日韓共催W杯を迎える事になった。

 午後4時、桜木町から地下鉄で競技場に向かう。すでに地下鉄の駅では、沢山の日本人サポーターに混ざって、大声で楽器をならし歌いながら行進するロシアのサポーターの一団がいた。そこで僕たち日本人サポーターは彼らとハイタッチを交わす。世界の共通語「サッカー」はプレーヤーだけが話す言葉ではない。僕たちサポーター同士も「サッカー」でコミュニケートできるのだ。

 競技場がある新横浜には試合の4時間近く前についた。既に街は青いサポーターであふれていた。チケットが無くてもせめて競技場の近くで声援を送りたいと、携帯テレビやラジオを持って集まってきたのだ。試合開始の3時間半前にスタジアムへの入場が始まる。入場する列に向かってチケットを持たない若者が、自分の代わりに応援してくれと日の丸を振りながら叫んでいる。たちまちのうちに競技場は7万の青いサポーターで埋められ、さらに競技場の周りもチケットを持たない数万の青いサポーターで取り囲まれた。準備は整った!

 午後8時半、試合開始の笛が鳴る。ピッチの上で武器を持たない戦争が始まる。僕の心臓はバックンバックンと打ちはじめ口がカラカラとなる。すでに初戦で赤い悪魔と引き分けている日本代表は、眼前の敵である白い巨人を倒さなければベスト16という目標への道は開けない。僕たちは、ピッチの上を駆ける選手達に届くようにと、90分間立ったままで声援を続ける。見知らぬサポーター同士が協力しあってスタンドに巨大な日の丸やジャージを掲げる。やがて僕たちの心は選手達と一体となり、伴にピッチの上を駆けはじめている。

 代表チームが身にまとうユニフォームは国家を意味する。僕たちサポーターも12番目の戦士として青を身にまとう。そこにはヒデのユニフォームを着る者、小野のユニフォームを着る者、そしてここにはいない中村俊輔や高原のユニフォームを着る者もいる。サポーターの青のジャージに込められた思いは一人一人違うのだ。

 ボールはピッチの上を動き続ける。それぞれのチームのフォーメーションはボールの位置とその支配者によって、スペースを作ろうという意志とそれをつぶそうという意志がぶつかり合いながら間断なく動き続ける。それはまるでアメーバのように伸び、縮み、開き、そして閉じながら変形し続けるのだ。一つの試合で二度と同じパターンは無い。これこそがテレビでは決して見ることが出来ない本当のサッカーの醍醐味だ。

 そしてついにその時は来た!後半6分、中田浩二が低いクロスを前線の柳沢に送る、柳沢はワンタッチで稲本に落とし、稲本が撃つ!そのボールはまるでスローモーションを見るように美しい弾道を描いてゴールネットをゆすった!たちまちに押し寄せるゴールの瞬間の爆発的な喜び!これはいったいなんだろう、これはサッカーのゴールだけでしか味わえない歓喜だ。人はゴールに向かって努力はするが、最後にネットを揺らすのは、神のなせる技なのだ。ゴールは、瞬きをする一瞬にまるで奇跡のように生まれる。だから選手もサポーターも片時も集中を切らすことが許されず、それだけに報いも大きいのだ。ボールが敵のゴールネットを揺らす時、僕の脳内は一気に歓喜物質で満たされる。この一瞬が忘れられなくて僕は麻薬中毒者のようにサッカー場へ通う事になる。

 やがてロスタイム、僕の一生で一番長く不安な二分間が始まった。ふとドーハの悲劇が頭をかすめる。すでに僕たちの周りは柵に上って旗を振る人や太鼓を叩く人でいっぱいになる。もう試合は見えない。僕はただ祈っていた。そして笛が鳴った!耳をつんざく歓声、揺れるスタジアム。そして7万人のサポーターが歌うアイーダの凱旋行進曲が横浜の空を貫き、僕たちが振り上げる拳が横浜の空を裂く!僕はわき上がる涙で何も見えなくなっていた。スタンドは皆泣き、皆笑っていた!世代や性別を超えて知らない人同士が抱き合い、ハイタッチをする・・・そして感じる、同じ国家に所属しておられることの喜び!思わず「日本人で良かった!」と若者が叫ぶ。

 日本代表の試合を見るとき、僕はなぜこんなに愛国者になってしまうのだろう!世界中の人がなぜこんなにW杯に夢中になるのだろう!それはW杯というものが、それぞれの心の中の祖国を探す巡礼の旅だからなのではないか?それぞれが自分の国と相手国のインタラクションで生じる心の揺らぎの中で、自分の祖国を確認し同時に周りの国家を認める、そういう作業がW杯では際限なく繰り返されてきたのだ。古代オリンピックの精神を受け継いでいるのは、近代オリンピックではなくW杯なのではないかと僕は思う。

 その後、日本代表はカルタゴの鷲を粉砕し当初の目的であった予選リーグ突破を決める。しかし冷たい雨の降る杜の都仙台でトルコの前に散った。仙台での敗戦直後にスタジアムでは「ありがとうニッポン」の声援が聞こえていた。僕もテレビの前で一緒に「ありがとうニッポン」と繰り返していた。いつかは負けなければならないノックアウト方式ではあるが、心の中に穴が空いたようにつらくて悲しい結果であった。サッカーの神様はアメリカ大会ではW杯に出るには何かが足りないと言い、フランス大会では決勝トーナメントに進むには何かが足りないと言った。そしてこの大会ではベスト8に行くには何かが足りないよ!と言っているのだろう。その足りないものを探すのが日本代表のこれからの仕事だ。

 日本代表のW杯は終わった。そして僕たちのW杯も終わった。一ヶ月の非日常が終わり宴の後の寂しさが残った。ふとテレビを見ると伴に戦った日本のサポーターたちが「あしたがあるさ・・・」の大合唱をしていた。そうだ!この敗北を深く心に抱いてドイツ大会を待とう!さあ、今日から次のW杯へ向かって出発だ!4年後にドイツの大地を駆ける日本の青い勇姿が見たい!そしていつか、せめて僕たちの子供か孫の世代には日本代表がW杯を高く空に掲げるところを目撃してほしい。

日本代表よ!僕たちの心はいつも君たちとある!



戻る