残 念 石 Regrettable Stones    

 残念石とは、大坂城築城の際、石垣に使用するために切り出された巨石で、何らかの事情で役目を果たせなかったものです。西日本各地から大阪に運ばれる途中、あえなく討ち死にしてしまったのです。かわいそうに!でも一部は記念碑などに使われ活用されています。

河村瑞賢紀功碑

幕府は河村瑞賢に命じ、度重なる水害に対処するため、九条島を掘り割って淀川の水をまっすぐ大阪湾へそそぐようにしました。当初は新川、のちに安治川と命名されました。


安井道頓・道ト紀功碑

道頓堀を開削した安井道頓・道トの紀功碑。大阪の町人・安井道頓は従兄弟の道トらとともに豊臣氏の命で東横堀川から木津川に通じる水路の開削に取りかかりました。しかし安井道頓は大坂夏の陣で豊臣方につき討ち死にしています。その後、道トが遺志を継いで1615年に堀を完成させました。紀功碑は道トやその子孫の私邸があった場所に建てられました。

毛馬閘門にある残念石

新世界の通天閣の下にある残念石


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