家内は尼崎生まれです。大阪人の常識では「尼崎(アマ)は兵庫県ではなく大阪に属する」のだそうです。僕も19才から7年間大阪に住んでいました。大阪はとても暮らしやすい所でした。「東京人になるには三代、京都人になるには十代かかる」と言う言葉があるそうですが、古い船場は別にしても大阪はどんなものでも受け入れてくれる懐の深さがあります。全国の地方都市が「小さな東京」をめざして没個性的になっているのに対し、大阪は自分の個性を失わずにいます。東京が欧米都市の写しであるとするならば、大阪はアジアの渦の中にあるモンスーン型都市と言って良いでしょう。東京の先にはニューヨークやロンドンがあり、大阪の先には上海やバンコクがあるのです。また大阪弁のイントネーションは音楽のように美しいです。そんな大阪が僕たちは大好きなのです。 大阪の構造 大阪を横の軸で見ると、東に「大阪城」があり、西に瀬戸内海に開いた港「川口」がありました。全国の米や物産は川口に集まり、大川沿いの豪商・諸藩の蔵屋敷に集積し取引されていました。大阪が「天下の台所」と呼ばれていた所以です。この東西を結ぶ線上に開けたのが商人の町「船場」です。やがて船舶の大型化や神戸港の開港で大阪はその地位を失っていくことになります。また縦軸で見ると、大阪城から南へ上町台地が続いています。古代の大阪はこの台地の上に開けました。難波の宮や石山本願寺・四天王寺などがそうです。上町台地の西の低地は後に開発され船場や島之内になります。 お薦めの本
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