西 宮 を歩く    

 24年9月16日 最高気温が33℃に達し、日差しの強い残暑厳しき日に訪問しました。すでに芦屋と尼崎は訪問していたので、西宮は僕たちにとって阪神間に残された最後の秘境だったのです。JR桜夙川から阪神今津まで、灘五郷の中の西宮郷と今津郷を中心に市の南側を縦断しました。

 灘五郷とは、兵庫県神戸市の東灘区・灘区と同県西宮市の大阪湾沿岸の地域を指す。灘五郷が酒造りで栄えた理由には、@酒造りに適した上質の米(山田錦)があったこと。A上質のミネラル水(宮水、硬水です)が取れたこと、B六甲から海への急流を利用した動力・水車が使えたこと、C製品の水上輸送に便利な港があったこと、D冬に六甲おろしが吹く事、などがあります。現在でも全国のおよそ三割の酒を当地から出荷しています。

灘五郷

  • 今津郷:現在の西宮市今津周辺
  • 東郷(魚崎郷):現在の神戸市東灘区魚崎・本庄地区
  • 中郷(御影郷):現在の神戸市東灘区御影地区
  • 西郷:現在の神戸市灘区西郷地区
  • 下灘郷:現在の神戸市中央区ならびに兵庫区
参考サイト
えびす宮総本社 西宮神社

日本に約3500社ある、えびす神社の総本社(名称:「えびす宮総本社」)である。地元では「西宮のえべっさん」と呼ばれる。
えびす神社には二系統あるようです。ヒルコ神系(西宮神社が総本山)と事代主系(島根県の美保神社が総本山)です。

本殿
 
表大門(赤門、豊臣秀頼の寄進とされる・重文)
 
大練塀(重文)
 
傀儡師(かいらいし・くぐつし)
人形操りを生業として全国を回った集団。えびす信仰を全国に広める役割を果たした。西宮神社には一族の祖である百太夫を祀る百太夫社がある。淡路の人形浄瑠璃や大阪の文楽に発展したと考えられている。元禄年間をピークとし、以後衰退した。嘉永年間には姿を消している。芸能を生業として世界を回るジプシーのようだ。
辰馬考古資料館

銅鐸など考古遺物を展示している。僕たちが行った日は休館だった。白鷹の辰馬家が運営する美術館。白鹿の辰馬家の分家にあたられるようです。

白鹿記念酒造博物館

辰馬本家酒造(白鹿)が1982年に開館しました。以後、震災の被害を乗り越えて現在に至っています。「記念館」、「酒造館」、「旧辰馬喜十郎亭」、「白鹿クラシックス」などのコンプレックスから成っています。
記念館
辰馬本家が所有する美術品の数々が展示されています。
酒造館
酒造の歴史を学ぶことができます。阪神淡路大震災で倒壊したが再建されました。
旧辰馬喜十郎亭
1888年に当時の神戸英国領事館を模して建てられたそうです。
旧西宮砲台(国史跡)

御前浜公園にあります。幕末に黒船来襲に備え、勝海舟の勧めで造られた砲台です。1866年に完成しました。国の重要文化財に指定されています。関西地区では西宮砲台の他、和田岬のものが残されています。すぐ隣の今津にもあったがこちらは残っていません。想像していたものより大きく、強い威圧感があります。

今津灯台(大関酒造今津灯台)
1810年今津の酒造家 長部家が私財を投じて建設した常夜灯です。長部家は灘五郷の旧家の一つで現在の大関酒造の当主家系に当たります。いまだ現役で航行の安全に役立っています。今津港のシンボルです。良い酒造地になるためには「良い米」「良い水」「流通の拠点である」の三つが必要で、灘五郷は酒を積みだす良港にも恵まれていたのです。
西宮市大谷記念美術館
松竹を創業した故・大谷竹次郎氏から西宮市に寄贈された美術品と邸宅をもとに開館した美術館。すてきなお庭を一周しました。
香櫨園
1907年(明治40年)に開設した香櫨園遊園地に由来する。当時関西最大の遊園地だったそうです。
日本盛酒蔵通り煉瓦館

新しい建物です。売店やレストラン、吹きガラスの工房もあります。利き酒もできるようです。
宮水発祥の地
1840年に酒造家・山邑田左衛門によって発見されたそうです。灘の酒の地位を確立したのはこの宮水だとされています。六甲山系の伏流水と思われます。宮水の特徴はミネラル分の多い硬水であることです。
夙川と夙川公園

阪神間の桜の名所です。日本桜名所百選に選ばれています。夙川の河川敷と土手を利用し、南北に2.8キロ続いています。

六角堂
今津小学校の中にあります。明治5年、学制の発布により当時の今津村・津門村が小学校を開設しました。そして1882年に校舎・六角堂が建設されました。その後たびたび移転して現在の地に落ち着いているようです。洋風で素敵な建物です。
まるでパリの横町にありそうな子供服店

喫茶ポプラ
とても親切なおばさんがやっておられます。お昼ご飯にサンドイッチとアイスコーヒーをいただきました。西宮のガイドマップもいただきました。ありがとうございました。
阪神甲子園球場
昔(1983年)、長男と甲子園球場に行った。阪神・中日戦を見た。三塁側なのに阪神ファンばかりだった。
カトリック夙川教会

1932年に建てられた尖塔が美しいネオゴシック様式の教会です。
遠藤周作・須賀敦子ゆかりの教会だそうです。阪急夙川駅の近くです。

 

    続 西宮を歩く    
9月に続き一か月後の平成24年10月7日にJR甲子園口駅周辺を散歩しました。続編はその記録です。
JR甲子園口駅

北口に当たる駅舎はまるで田舎の駅のような風情があります。私鉄だったら駅とその周辺の開発に取り組むでしょうね。JR西宮駅も阪神西宮や阪急(西宮北口)に比べると質素な感じがします。

マンボウトンネル
人が一人やっと通れる大きさのトンネルです。もともとはJR線の下の水路として利用されていたものです。谷崎潤一郎の小説「細雪」に登場することでも知られています。マンボウの名の由来は間歩から訛ったとされています。
新堀川

武庫川右岸の開墾のために尼崎藩主によって1636年に掘られた川だそうです。桜並木が素敵です。
松山大学温山記念会館
松山大学(愛媛県)創立者・新田長次郎温山翁が木子七郎氏に設計を依頼した広大な庭園内に佇むスペイン風洋館です。関西での教育研究の拠点として利用されています。
武庫川女子大学甲子園会館 旧甲子園ホテル

フランク・ロイド・ライト(米・1867〜1959)の愛弟子・遠藤新(1889〜1951)が設計しました。ライト式の建築であり、国の近代化産業遺産および登録有形文化財に登録されています。
目白が丘教会遠藤現建築創作所ライト洋菓子店
枝川樋門

決壊を繰返す武庫川の洪水対策として造られました。洪水の一因ともなっていた枝川と申(さる)川を廃川処分し、そこで生まれた新しい土地を阪神電車にしました。
 阪神電鉄はこの買収した土地を甲子園と命名、スポーツ・レクリエーション施設と住宅地として開発を行いました。
武庫川
昔、タクシーに乗った時に運転手さんが大阪から見て「向うの方」にあるから「むこがわ」だと教えられました。まさかと思っていたましたが、ネットで調べると結構この説が正しいらしい。武庫之荘と言う名もありますが、こちらは古代の武器庫だったという説もあります。
武庫大橋

1925年から一年四か月をかけて完成しました。橋の中央部にバルコニーがあり、高欄は北木石で造られています。手間とお金をかけた立派な橋です。文化財的な価値があります。家内は子供の時にここまで自転車で遊びに来たそうです。


みなこちゃんが子供のころ、武庫大橋の上でお父さんに写真を撮ってもらったそうです。ほとんど景色は今と変わっていません。それどころからみなこちゃん自身が今と全く変わっていません。甲子園ホテルの塔が見えます。

ミスタードーナツ 甲子園ショップ
JR甲子園口駅の南側にあります。昼食(肉そば)をいただきました。

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