言葉って大切?
(ローザンヌの思いで)


 1973年夏、僕はスイスに一週間の旅行をしました。レ・マン湖畔のローザンヌ駅で列車を降りホテルまでタクシーに乗りました。するとタクシーの運転手がこう言うのです。勿論英語でですが、自分はドイツ人と日本人は大嫌いだって!だから自分はおまえ達の荷物はもってやらないって。きっと戦争かなんかで辛い思い出を持っていたのかも知れませんが、でもその時はとても不愉快で、僕もスイス人なんか大嫌いだと言ってやろうと思いました。
 その日の夕方、僕は山の上の古い町を散歩していると、古くて大きなカテドラルを見つけました。勝手にその中に入って見学していると、70才ぐらいのおじいさんが、僕には全然理解できないフランス語でしきりに話しかけてくるのです。最初、僕はクリスチャンでもないアジア人が聖なる場所に勝手に入ってきて、出て行けと怒っているのかと思いましたが、どうも様子が違います。そのうちおじいさんは私の手をとっと一枚づつの絵の説明を始めたのです。フランス語でですよ!だっておじいさんには僕が全然フランス語を話せない事は分かるはずです。でもそんな事にはおかまい無しに、おじいさんはにこにこ笑いながら説明してくれるんです。だから僕は覚悟を決めました。彼がフランス語で話すなら、僕には日本語があると!僕は日本語で質問し彼はフランス語で返事をしました。言葉の中身はきっと全然通じていないはずですが、でも僕たちはすばらしいコミュニケーションをしてしまったのです。
 言葉が通じる事がいつも幸せな事とは限りません。少しキザですが、我々はもっと大切な、お互いに通じ合える方法を持っている事をその時教えられました

当時8日間有効のスイスホリデイパスです。

カテドラルで、二十歳過ぎの僕です。



小旅行記に帰る