めざすぞ!エリック・クラプトン!!



愛用のギター(写真上右):左からGibson Blues King、中央がMartin 000-28EC、右はフェンダー・ジャパンのリゾフォニック・ギター(FR-50 Resonator)です。年をとると小型のギターが抱えやすく、弦のテンションも低くて演奏が楽です(playabilityが良い)。
  • この中では Martin 000-28EC の音がブリリアントで、高音・低音もバランス良くしなやかにのび、飛び抜けて素晴らしいです。クラプトンはジャパンツアー2006の sit down set でこのギターを使っていたようです。
  • Gibson Blues King は箱が小さい分レスポンスがよく歯切れのよい音(シャカシャカした音、悪く言えばウクレレのような音)がします。音質はMartinの様なきらびやかさ(キラキラ感)は無く、ウェスタン・カントリー系の渋いテーストの音色(ブルージーな音)です。高音は素晴らしいけど低音はいささか鳴りません。でも使っていくうちに鳴るようになってくれるでしょうね。ピックアップ内蔵です。
  • リゾネーター(FR-50 Resonator)はスライド奏法の時に使うのですが、それらしい音(?)はします。ただし低音はほとんど鳴らないので弦を太いものに交換しました。ところでこのギター、12フレットが倍音より半音近く低いのです。かなりいい加減な造りなのです。スライドだからそれでもいいけど?韓国製です。
  • 後方に見えるのはアリアのドレッドノート(Aria Dreadnought AF-60)です。重くて大きな音がしますが、音の輪郭がぼんやりしています(ダルな音)。そのため弾く気になれず、いまではお蔵入りになってしまいました。まっ値段が安いので文句は言えませんが。
練習曲はクラプトンの他、ロバート・ジョンソン、ライトニン・ホプキンスなどフィンガー・ピッキング・アコースティック・ブルースの古典を練習しています。最近はリゾフォニックでスライドに挑戦中です。

以下、きわめて拙い演奏です。録音はサウンド・スケッチャーを使いました。
基本的に音楽は大好きで、街角から音楽が聞こえてくるとそちらの方に足が向かってしまう。この前、大阪の黒門市場で「ちんどんや」が芸者ワルツを演奏しながら歩いていたら、思わずついて行きそうになった。若者がストリートで演奏しているのを聞くのも大好きです。行政は若者にもっと演奏する場所を提供して欲しいと思います。旅行に行ってもいろんな所で音楽を聴きました。ラパスではフォルクローレ、アスンシオンではハープ、ブエノスアイレスではタンゴ、マドリッドではフラメンコ、パリではシャンソン、ローマではカンツォーネ、ウィーンではワルツ、イスタンブールではベリーダンス、ブロードウェイではミュージカル、ハーレムではジャズとゴスペル、などなど。音楽のない生活は考えられません。寝る前、ベッドの中では必ず i Pod で心をおだやかにするために音楽を聴きます。



エリック・クラプトン ジャパンツアー2006(11月11日・初日)に大感激!MC無しで2時間あまり18曲、途中にアコースティックのセッションをはさんでの熱演、最後の Layla、Cocaine、Crossroads のパワーには圧倒された。黒のTシャツとダブダブのジーンズで現れたクラプトンはいいおじいさんになっていた。ハイフレットをプレイする時にスニーカーでつま先立ちする姿がかわいかった。若い二人のギタリストもそれぞれ個性があって素晴らしかった。特に金髪の白人青年の演奏はすごかった。この青年はアコースティックの時にはドブロギターを弾いていた。また白人のキーボード奏者もよかった。観客の年齢層が相当高かった。追記:音楽雑誌(Player 2 No.492/2007)の報道によると、アコースティックのセッションでエリックはMartin 000-28ECを使っていたらしい。ちょっとうれしい。



2006年12月2日、吉田拓郎のコンサート(TAKUROU2006秋〜ミノルホド コウベヲタレル イナホカナ〜)を聞きに(見に?)神戸国際会館こくさいホールへ行った。拓郎は三時間近く休み無しで歌ってくれた。拓郎の昔から変わらぬ「反骨精神」と「自分に対する率直さ・自分の心への正直さ」に心をうたれた。観客のほとんどは同年代で、熱いファンが多く団塊の世代のパワーを感じた。僕も引きずられて「人生を語らず」では拳を振り上げ、「言葉」には涙した。拓郎のギターの抱え方は昔から変わらず、少し猫背で一方の足を前に出し斜に構える。そして時々「ツイスト?」をする。その姿がかわいかった。いつまでも自分に忠実で、元気で頑張って欲しい。僕たちもあなたに元気をイッパイもらったので!



2003年11月29日、米子に井上陽水が来た。いつまでも変わらぬ美しい声と、彼独特のしなやかで不思議な雰囲気に感激。陽水は意外に大男だった。陽水の若い時代(アンドレ・カンドレの頃?)の映像をテレビで見たことがあるが、眼が貧相だった。それでおそらくトレードマークのサングラスをかけるようになったのだろうか?



泉谷しげるは1999年1月19日に我が家から100Mほどにあるライブハウス・ファンフェルナンデス(その後閉鎖)に来た(上左)。やっぱり「心優しい荒くれ者」だった。ライブの最後にペットの水を客席にむかってふりまいた。最前列で頑張っていた僕たちは水だらけになった。ちょっとうれしかった。
1996年、泉谷しげるは「吉田拓郎」「伊勢正三」「稲垣潤一」「大江千里」「大友康平」「小田和正」「坂崎幸之助」「白井貴子」「浜田省吾」「山本潤子」など有志一同と一緒に神戸市で阪神大震災のチャリティコンサートを開いた。その志がとてもうれしく、ファンになってしまった。上右はその時のパンフレット。






ブルーノート東京 : 東京で随一のジャズクラブ。僕たちの行った日はUKのバンド Sound Stylistics のライブだった。リズムセクションの乗りの良さと、ブラスの迫力で年甲斐もなく思いっきり楽しんでしまった。ブルーノートはニューヨークが元だと思う。東京にはコットンクラブもあるけどこちらもハーレムの方で再建されたようだ。大阪のブルーノートはつぶれてビルボードになった。




渋谷クロスタワーの尾崎豊メモリアルプレース:尾崎豊は学校(青山学院)に通学する際にここを通ったらしい。プレートには「17才の地図」が刻んであるがこの中の歩道橋がここにあたるらしい。「15の夜」にでてくる高層ビルもそうかもしれない。あたり一面に訪れた人のメッセージが残されている。



ニューヨークセントラルパークのストロベリー・フィールズ:ヨーコが住むダコタハウスの向かいあたり、ジョンが狙撃されたのはこのあたりだそうです。真ん中にIMAGINEの文字、ジョン・レノンを偲んで、くる人が絶えない。ここだけは静かな風がながれている。



音楽とは関係ないけど、2007年7月15日、大阪茶屋町のシアター・ドラマシティに「メルシィ! 僕ぅ?」を観にいった。エスプリの効いたフランス・コメディと大阪のお笑いがほどよく調和していた。台本とアドリブの境目がよく分からないけど、時々暴走する「さんまさん」とそれにとまどう他の俳優さんとの駆け引きがおもしろかった。さんまさんの話術には脱帽です。でも一度「人生とは、レモン水のようなもの」云々・・・・の下りではまとまりがつかず、ついに自爆してしまった。それがおかしかった。さんまさんの踊りもはじめてみました。さんまさんの踊っているときの妙にまじめな顔は、普段テレビでは絶対見えません。ちょっと変です?もっとも、さすがに踊りながらしゃべることは、さんまさんでも出来ないから!!「さんまさん」「温水洋一さん」「松澤一之さん」の組合せはおもしろいです。